千葉明徳学園は2025年に100周年を迎えます 寄付のお願い

学園ニュース

学園ニュース 2021年1月号(247号)年頭所感特集

【法人】

■◆■学校法人千葉明徳学園 理事長 福中 儀明■◆■

 例年ならば学園各部門を代表する方々に集まっていただいて理事長からの挨拶を申し上げるところですが、今年はコロナウィルス警戒のためにそれができません。そこで、学園ニュースに書くことにしました。

(1)コロナウィルス対応について
 この一年間は各部門ともコロナウィルス対応に多大な手間をかけていただきました。皆さんの努力のおかげでクラスター発生などの重大な事態に至らなかったことに深く感謝申し上げます。
 まだこの状況は続きそうです。気を許さず、必要な対応の継続をお願いします。
 なお去年の短大・高校の卒業式では「パニックを起こさず、本を読め」という話をしました。私が読んだウィルス関係の本の中でよかったものを推薦しておきます。
 「ウィルスの意味論」「ウィルスの世紀」山内一也・みすず書房
 「新型コロナ7つの謎」宮坂昌之・講談社ブルーバックス
 「7つの謎」のエピローグに印象的な記述があります。
 「日本のマスコミ界には自然科学に関するリテラシーがほとんど醸成されていなかった」
 「マスコミ関係の方々が、曖昧な知識で行動するから、書く記事の内容も、作るテレビ番組の内容も、皮相なものにしかなりえず、科学的根拠の薄い、きわどい題材を扱って、購読部数や視聴率を上げるということが日常的な手段となり、それがいつの間にか、報道の常道となってしまった」
 著者の激しい憤りが感じられます。
(2)定年延長について
 12月の理事会で定年を60歳から65歳へ延長することが決議されました。(詳細は別途)
(3)「働き方改革」について
 コロナウィルス対応で陰に隠れてしまった感のある「働き方改革」ですが、2020年の重要課題でした。大きな支障もなく運用されていることは結構なのですが、改良すべき点もあるので委員会での早急な結論をお願いします。
 12月の「千葉県私学教育功労者表彰式」では、私が主催者挨拶として「働き方改革」について意見を述べています。評判の良かったスピーチですので皆さんにも読んでいただきたく、掲載いたします。
(4)第二グラウンドについて
 12月から地権者との借地契約が発効しました。間もなく1期工事予定地(テニスコート造成地)の埋蔵文化財調査が始まり、続いて進入路の工事となります。しかし、義務付けられた植物調査では10数種類の絶滅危惧種が発見されており、これへの対応が必要になります。また、数基ある古墳は残す予定ですが学生・生徒・教職員+地元の人々による発掘を企画します。発掘によって1500年前(古墳時代、発掘しなければ正確な年代はわかりません)と現代がつながります。これほど夢の多い事業もないのではないでしょうか。
(5)創立100周年について
 2025年の学園創立100周年が迫ってきました。高校施設の全面改築も考えたのですが、資金がとても足りません。また、鉄筋コンクリート造の建築物は手入れをすれば100年は充分使えるものです。一番古い高校1号館でも1964年竣工ですからまだ57年しかたっていません。全面改築は40年以上先の話です。築50年ぐらいで建て替えてしまうのは仕事を作りたい建設会社と設計事務所の陰謀です。資源の浪費は避けなければいけません。
 しかし、いまや学校にもバリアフリーが要請される時代ですから、エレベーターの設置は必要でしょう。またプレハブ教室は耐用年限が過ぎているので更新あるいは、鉄筋コンクリート造の増設が必要でしょう。これらを考慮しながら記念事業を考えていきます。
 さらに将来は1クラスの人数を30名、25名と減らすことが求められるはずです。学年定員を維持するためには教室を増やさなければなりません。そこまで考えるのが100周年の次の課題となるでしょう。
(7)ホリスティック教育キャンパスについて
 去年の新年挨拶でホリスティック教育キャンパスについて触れました。ここでその定義をしておきます。Holistic とは全体的・全面的という意味ですからホリスティック教育とは全年齢にわたる教育、全分野にわたる教育ということになります。
 AIが人間の仕事の一部を担うようになると人間には暇ができる。知的でない人はパチンコかカジノで時間をつぶすけれど知的な人は教育を求めるはずです。スポーツも芸術も学術も、すべてを含んだ教育をすべての年齢の人に提供したい――というのがホリスティック教育の理念になります。第二グラウンドはそのために使います。

第51回千葉県私学教育功労者表彰式典 主催者挨拶(2020年12月5日)
(前略:来賓への謝辞等は省略します)
 さて、まもなくこの一年が終わろうとしています。ここで今年の教育関係の話題を振り返ってみましょう。
 申しあげるまでもなく、教育界もコロナウィルスへの対応には大変な困難をきたしております。しかしこれにはまだ終わりが見えておりませんので、この一年を振り返るという余裕はありません。
 従いまして、もしコロナの件がなかったら、一番大きな問題になっていたはずの件について、申しあげます。
 「働き方改革」です。労働の時間管理は学校教育にはなじまない、ということは最初からわかっていたにもかかわらず、私学教員にも適用され、教育現場は困惑しています。
 結果として、大学は裁量労働制、高校以下は変形労働時間制の採用で切り抜けることになっていますが、これで全てがうまくいくとは思えません。
 必要な学習時間を確保し学生生徒の学力を向上させること、これは可能でしょう。高校中心の部活動の継続充実、これも可能でしょう。
 でも学校には時間外に突発的な仕事が入ることがあります。例えば――夕方の5時か6時ごろ、そろそろ帰ろうかと思っているときに電話がかかってきます。「万引きした生徒を捕まえた、引き取りに来てくれ」という電話です。その時に、「勤務時間は終了ですから」と言って断るような教員は――いませんよ。日本全国一人もいません。
 あるいは、日曜日に自宅に電話がかかってくることがあります。これは、私が昔、高校教員だった時の経験です。私のクラスの女子生徒から電話がありました。「先生、人間てなぜ生きてるの?」という電話でした。
 私はあわてました。この生徒、自殺するかもしれない、そう思ったのです。
 「そんな難しい話、電話ではできない。会って話そう。今どこにいる?」と叫ぶように答えました。近くの駅前の公衆電話からかけている、というのでそこまで走って行き、生徒を駅前の喫茶店に連れて行って話しました。幸い、自殺するほどの深刻なものではなく、文字通り「なぜ生きるのか?」という人生相談でした。
 でも、ひとりで考えて思いつめて、悪いほうへ自分を追い込んでいく、という恐れはあったし、それを防いだということで私の人生相談には意味があったと思っています。
 電話ではなく、生徒が教員の家に突然やって来ることもあります。これも私の経験です。ある夜、玄関をノックする音を聞いてドアを開けると、大きなバッグを持った男子生徒が立っています。「先生、母ちゃんとけんかして、家出してきた。泊めてくれよ」と言うのです。
 断ったらその生徒は路頭に迷います。もちろんそんなことはしません。喜んで迎え入れました。まず、家に電話して、「息子さんをしばらく預かります」と保護者の許可を得ました。
 翌日からはその生徒と一緒に通学です。結構楽しかったです。でも一週間もするとさすがに負担になり、もうそろそろ家に帰れよ、と言うと素直に帰っていきました。
 この話を人にすると、家出してきたのが女子生徒だったらどうしたのか、ときかれることがあります。女子生徒を泊めるわけにはいかない、という程度の常識はあります。同僚の独身女性教諭のアパートを私は三つ四つ知っておりましたからそこへ連れて行ったはずです。抜かりはありません。
 授業をして、部活を指導して、それに加えて人生相談までするのが日本の教員の仕事です。しかも人生相談は多くが勤務時間外の仕事です。でも、日曜に生徒に人生相談をしたから休日出勤手当をくださいなどとは言えません。生徒を泊めたから24時間勤務だ、などとも言えません。もし校長に申し出たとしても、残業手当の対象にはならないよ、と言われるでしょう。私が校長でもそう言います。
 にもかかわらず、ここまでやるのが日本の教育です。ここまで面倒見の良い教育をするのが日本の教育の特徴で、だから日本の教育は世界一であると私は思っています。
 「働き方改革」とやらでこの特徴がなくなるのを私は恐れます。人生相談までする面倒見の良さがなくなったら日本の教育はおしまいです。
 でも本日ここにおいでの経験豊かな先生方にはご理解いただけるでしょうし、自ら実践してきた方ばかりであると存じます。これを、まだ経験の少ない若い教員に伝え、指導していただくことが皆様のこれからの大事な仕事になるのではないでしょうか。授業はAIがやるようになるかもしれませんが生き方を考えさせるのは教員にしかできない尊い仕事です。

結びに
 皆さんの長年の教育活動に感謝申し上げ、また、これからも引き続き千葉の教育の発展のため、日本の教育の発展のため、力を尽くしていただけるようお願い申し上げ祝辞といたします。おめでとうございます。



【短大】

■◆■千葉明徳短期大学 学長 金子 重紀■◆■

 新年明けましておめでとうございます。
 今年度は、新型コロナ感染の問題にある意味振り回されてきたとも言えるでしょう。短期大学の授業についても、また、実習についても大きく影響を受けました。学生、特に1年生は、友人関係や教員との関係を深めることが難しく、学生生活としては不十分であったと言わざるを得ません。ただ、一方で、オンライン等での学びは、個々の学生の教科的な学びをむしろ深めたのではないかと考えています。改めて、対面授業の良さを認識するとともに、オンライン等での学びを活かす可能性を見いだした年度であると思います。
 さて、新型コロナウイルス感染問題は、私たちの社会に対して、あるいは私たちの生活様式に対して変化を求めていると言われています。昨年,私は、年頭での挨拶文に次のようなことを書かせていただきました。『そもそも子育ては社会の人々の協同で行われるものであったはずです。本学で変えてはならないものの一つであり、かつ社会の変化の中で強調しなければならないことは、『子育てはみんなでするものです。』、子育ては保護者の自己責任ではなく社会の共同責任であるということであるように思えます。』と。新型コロナウイルス感染の問題は、当初感染した者に対して自己責任を問う風潮が強いものでした。しかし、現時点では、感染経路不明が相当な割合に至っていることも原因として、自己責任を問う風潮は下火になっています。また、飲食店等の休業補償の問題等、社会での保障(裏返せば、「社会責任」を社会で担う)が議論され、実行されています。
 歴史の流れを見たとき、私たちの社会は『福祉国家』に基づく社会であると位置づけられます。福祉国家とは、社会保障を初めとする国民の権利の実現を社会的責任として国家や社会が積極的に担うシステムです。今般の新型コロナウイルス感染問題で生じている課題は、私たちの国家・社会がどれだけ社会的責任を果たせるシステムを構築できていたかを問うているように思います。新型コロナウイルス感染の問題が、個人の責任において解決しなければならない問題ではなく、社会として『みんなで』解決しなければならない問題であるとすれば、私たちの社会のシステムが福祉国家の理念の方向により進めるべきとの方向に移行するとともに、私たち自身がこの問題を『みんなで』解決するという意識を共有することが求められていると考えられます。
 昨年度の年頭の挨拶文で書かせていただいたように、『子育てはみんなでするもの』との考え方も、新型コロナ感染問題の下ではより広がっていく必要があるように思います。そもそも『保育』は児童福祉法の中核をなすものであり、福祉国家の理念をもっとも表していると言えます。新型コロナ感染問題が社会のあり方に影響を与えるものであるならば(現実に児童虐待の相談件数やひとり親家庭の困窮が問題となってきています)、保育の理念、つまり『子育てはみんなでするもの』との考え方がより広まっていくことが期待されていると言えるのではないでしょうか。
 今年は、私たちの社会がどのように変化するか、そして、私たち自身の社会に対する意識がどのように変化するか、期待とともに意識する一年になるように思います。



【中学校・高等学校】

■◆■千葉明徳中学校・高等学校 校長 園部 茂■◆■

 皆様、新年明けましておめでとうございます。
 新年早々、新型コロナウイルスの感染拡大が一層進行し、一都三県に二度目の緊急事態宣言がだされました。ちょうど去年の今頃、中国で新たな感染症が多発しているというニュースから早一年が経ってしまいました。そんなコロナ禍になって以来、よく耳にする言葉に『新しい日常』という言葉があります。昨年3月、高輪ゲートウェイ駅が誕生し、その駅に「無人コンビニ」がオープンしました。新型コロナの感染が拡大する中、対面しない接客が話題になりました。そのコンビニを経営するTTGという会社は、今後4年間で100店舗まで増やす計画を打ち出しました。特に過疎化や高齢化で悩む『買い物弱者』の多い地域から、多くの関心が寄せられました。このコロナ禍の中では、身体的な接触や対面がことごとく敬遠される中で、まさに『新しい日常』だともてはやされました。
 中高での、コロナ禍でのここまでを振り返ってみると、必要に迫られてオンライン授業をたびたび行ってきました。確かに仕事によっては、また学校の授業によっては、オンラインの方が向いている内容もあるとも言われます。
 そんな中で、私には今、気がかりなことがあります。それは今後、コロナ禍が収束していったとき、私達の社会は、人と人との関係作りが苦手になってしまっているのではないかということです。私は思います。自分の強い思いを本気で相手に伝えたり、相手と本音でやり取りすめようなときには、やはりフェイスtoフェイスで直接、顔を見ながら話しをすることが、改めて大切なことだと感じています。私たちは、コロナ禍の今だからこそ、もう一度人と人とが直に接することの意味、面と向かって会話することの意義を真剣に考えてみることが必要だと思うのです。
 私は、中高の3学期の始業式でこんな話しをしてみました。今の中高生は、時にして同じ教室の中に居てもSNSで会話をする世代です。果たして、この『新しい日常』の話しはどの程度通用するのか、一抹の不安がよぎりました。教育とは、時代の変化に即して柔軟に変化していく部分も必要です。一方で、変わってはならない大切な部分もあります。そのことを堅持し、本校の進むべき方向を固めていきたいと決意を新たにしております。
 学園関係者の皆様方の積極的なご理解・ご支援をお願い申し上げ、年頭にあたってのご挨拶と致します。



【幼稚園】

■◆■千葉明徳短期大学附属幼稚園 園長 明石 現■◆■

 新年 明けましておめでとうございます。
 昨年4月の就任早々、新型コロナウイルス感染症対策に追われる毎日となり、その後も保育の見直し、行事の縮小、中止といった措置を取らざるを得ない状況が続いております。
 あらゆる活動を全て一から考え直すことが必要となりましたが、一つの行事を行う際には限られた状況の中で何が出来るのか、職員と共に新しい発想で意見を出し合い実践した結果、予想を上回る手応えを感じたことも少なからずありました。
 例年、近隣の公園に行っていた遠足を取りやめ、変更した「学園内遠足」や保育参加日として規模を縮小して行った「運動会」では、中高、短大の先生方に様々な場面でお力添えをいただきました。コロナ対策として形を変えながら行ったこれらの取り組みが功を奏し、子どもたちや保護者の皆様から「楽しかった」、「学園ならではですね」との感想を頂戴し、足元にある学園としての連携の大切さを改めて実感した次第です。
 コロナ禍における日常は慌ただしく過ぎていきますが、また一方で、子どもの育ちに必要な視点とは何か、という問いかけに対して自身はどう応えるのかと模索し続けています。
 先頃、イギリスの児童文学作家F.H.バーネットの著書「ザ・シークレットガーデン」(邦題:秘密の花園)を読みました。平易な文章の中に、瑞々しいことばが溢れ、多くの示唆に富んだ本でした。すでに読まれている方も多いと思いますが、子どもたちへの視座として大切なヒントをいくつか受け取りました。それは一言でいえば、「生まれもったものに触れるために扉を開ける手助けをすること、受容することが私たちの仕事の原点である」ということでしょうか。
 生産性、効率性を上げるためにそれら本当の個性を抑え、横並びにしてはいけない。〇〇にならなければならない、こういう仕事に就かなければならない、どこに所属しなさい、、、そういうことではない。0からではなく一から。はじめから誰もが種を持っているのでしょう。
 子ども時代には御伽噺が必要です。これが良いこと、これが悪いこと、悪いことをするとこうなる、といった教訓めいたものではない方がいい。子どもたちは本能的に不確定なものへの憧れを持っているように思うのです。出来上がったゴールを目指すのではない。文学の名作に起承転結が少ないように。
 子どもたちには、それぞれのシークレットガーデン(心の奥底にある花園)を見つけてほしいと思います。自然の中での遊びや質の高い芸術に触れることで、いつか子どもたちはその花園に辿り着けるのではないでしょうか。早く辿り着けば良いという話ではありません。それぞれのペースで、自身の人生に対する慧眼をもってほしいと思います。
 自然や芸術には、喜びだけでなく厳しさもあります。そして、子どもたちが育つ過程にも喜びと苦難が必ずあります。「共生」とは、他者の苦難も引き受ける「共生同苦」として初めて意味を成すことばです。その両方を共にし、子どもたちに敬意を払い、一歩も二歩も下がってそっと寄り添って行くことが私たちの仕事であるとの思いを胸に、本年も力を尽くしてまいりたく思います。



【本八幡】

■◆■明徳本八幡駅保育園 園長 丸山 敦子■◆■

 新年あけましておめでとうございます。
 昨年は人の触れ合いの大切さを痛いほどに感じる年でした。
 2021年は例年とは違う気持ちで、静かな静かな新年を迎えました。密にならないうちにと思い、日の出と共に近くの氏神様へ…考えることは同じだったようで、お参りをされている方がすでにいらっしゃいました。
 2番目の干支 丑年。元旦に神様に一番に挨拶に来た動物をその年のリーダーにするというお触れが出され、歩みのゆっくりな牛は誰よりも早く出かけ、ねずみは牛の背中に乗って、到着した時に牛の前に飛び降り1番になったという話は有名ですね。子年に蒔いた種が芽を出す年が丑年ともいわれるそうです。丑年の謂われの様に私もコツコツと自分の足でしっかりと一歩ずつ前向きに進みたいと思います!!
 そして、太陽・空気…自然の力を貰い、本八幡駅保育園の職員と共にさらに大きな輪と和を目指していきたいと思います。



【浜野】

■◆■明徳浜野駅保育園 園長 海邉 成美■◆■

 新年、明けましておめでとうございます。
 昨年は、オリンピックイヤーとして華々しい一年になると、誰もがそう信じてスタートしましたが、新型コロナウィルス感染症という小さな敵に翻弄され、世の中が一変しました。そしてその状態は現在も続いています。緊急事態宣言が発令され行政からの厳しい指示の下、如何に感染を防ぎ、子ども達を安全に生活できるようにするかが、保育園を運営する私達の最大の課題となりました。
 手指消毒・手洗いの徹底に始まり、マスクの着用、保育参観・懇談会と保護者が多数集まることの中止…と、園庭がなく密になりやすい本園の環境を考慮し、様々な対応を取ってきました。
 ですが、このような環境下においても「おたのしみ会」や「秋の遠足」のような子ども達の成長発達に必要な行事は、内容や行先の検討など、感染予防対策をしっかりとしながら実行してきました。この2つの行事は、共に附属幼稚園を中心とした明徳学園内で実施し、理事長を筆頭に幼稚園・短期大学・事務局の全面協力の下に今まで経験したことのない保育をすることができました。おたのしみ会は毎年学園内で実施していますが、遠足は初めての試みでした。選定理由としては、学園バスを保有していること。これは、公共のバスと違って、不特定多数の人が利用しないことと、万が一の際に利用者が特定できること。また、本園園児と職員が乗車してもソーシャルディスタンスが保て、15分以内に到着できるという感染防止の条件が全て満たされることです。
 保護者からは、この2つの行事の実施を喜んでくださり、初めての学園への遠足は「いつもの遠足より良かったと思います!」という意見が複数聞かれました。焚火・焼き芋・ザリガニ釣り等、現代社会の中では中々経験できないことを、この1日で実施することができたことは、子ども達の成長に大きく影響したことでしょう!
 今年も新しい生活様式の中で、保育の方法を模索していかなければならないことは必須となります。その窮屈な毎日の中でも、この明徳学園の自然豊かな環境と協力体制の下で、「チーム明徳」としてできる更なる可能性を探り、保育の充実を図っていきたいと、2021年の幕開けに相応しく前向きな気持ちでいっぱいです。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。



【やちまた】

■◆■明徳やちまたこども園 園長 丹野 禧子■◆■

 令和3年の年が健やかに明けました。
 旧年中はコロナのパンデミックやそれに伴う経済のひっ迫など日本のみならずグローバルに色々と困難なことを生み出しました。やちまたこども園では、その時々の皆様のご協力で乗り越えられてきた思います。皆々様の変わらぬ当園への温かいご支援に深く御礼申し上げます。今年度も職員一同、子どもたちの健やかな成長を願って、心を込めて保育に取り組んでいきたいと思っております。これからも皆々様のご支援、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
 やちまたこども園は令和3年度で創立7年目を迎えます。
 創立からの5年間は園の保育の方向性を日々保育の実践をしながら試行錯誤し,創る努力をしてきました。これからは創立10周年に向けて保育の質の向上を目指して行きたいと思っています。子ども達一人ひとりの健やかな成長の過程を踏んでいけれるように、子どもの生活や遊びの中で経験するであろう事柄のエビデンスを確かめていきたいと思います。感覚や経験だけで捉えるのではなく、根拠を得ることで子どもの心持や行動をより深く理解することが出来るのではないかと思います。そしてそれは保育者として、保育の質の向上につながっていくと考えます。細々ではありますが今までも園内研修として職員一同取り組んでいますが、外部研修や文献研修も強化し10周年に向けて取り組んでいきたいと計画しています。
 そしてもう一つ、昨年からの引き続きですが創立10周年には園舎を立て替えたいと言う思いは引き続き持ち続けています。積立金も令和3年度で3年目になります。少しでも多く積み立てられるよう財政のバランスを見ながら取り組んでいきたいと思っています。
 園舎環境はこども園の保育方針の具現化に他なりません。長くて13時間園で過ごす子供のいることを踏まえて、養護と教育が子ども一人ひとりに行き届くように、私たち保育者の思いが十分に発揮できるような建物環境を作りたいと思っています。
 一寸見はまだ新しそうに見えても50数年たった木造はあちこちに傷みが来ていて雨ふりが怖い(床に水たまりが出来るほどの雨漏り、雨漏りで報知器が誤作動する、天井にシミのできる雨漏り)学園の100周年とやちまたこども園の10周年と重なります。その時園舎の建て替えが出来るといいなと思っています。
 そして手前味噌を1つ。5周年を迎えてやちまたこども園の保育の姿が少しづつ地域の皆さんに認識されてきたと思うことが多々ありました。子どもの数が定員より120%以上になってしまっている為、入園できない旨をお伝えしても、「他の園に入れて空きを待っている」という方が複数いらしたり、「どうしても入園させたいがでどうにかならないか」と問い合わせがあります。
 日々保育者が愛情をこめて保育にあたっている姿と、自然と関わりすくすくと育つ子供を理解していただいたからではないかと思っています。

 「神は越えられない試練はくれない」と言うそうです。
 どんな困難や試練に合っても乗り越えることのできるエネルギーを心に溜めてこの一年を乗り越えていきたいと思っています。



【土気】

■◆■明徳土気こども園 園長 北村 都美子■◆■

 新年明けましておめでとうございます。
 園舎の増改築も年末にようやく終わり、年長組は新園舎の保育室での保育が始まりました。
 昨年4月、幼保連携型認定こども園として新たにスタートするにあたり、教育と福祉を両面兼ね備えた施設として、その在り様はどうあればと悩み、副園長に、幼稚園での実践と大学での研究と保育者の養成に長年携わってきた岸井慶子氏を迎えました。この9ケ月余り、土気保育園としての15年の歩みの振り返り、幼稚園と保育園の文化の違い、組織運営の違い、集団保育・教育の果たす役割について、その中にあっての子育て支援の在り方等、お互いの観点の違いが浮かび上がり議論の毎日です。しかしながら「これまでの保育者としての長い歩みの中で学んだことを、次に保育を担う保育者達に伝えたい」「勿論当事者としての気づきでなければ保育の真髄を掴みとることは出来ない」と2人とも一致しているところです。
 社会福祉法人千葉明徳会としては、姉妹園の明徳そでにの保育園に続き、2020年4月より、児童発達支援事業所「ひかりぐみ」と明徳学童クラブ「スペース土気」も開所いたしました。子育て支援センター「桜ほっとステーション」にはカフェを併設し、新接面からのアプローチを試みる方向です。こどもが育つこの場所から地域のウェルビーイングを発信出来ていければと考えます。
 世界規模の禍が続いていますが、新事業への展開も、こども園となったことも、願いは只一つ「育つ子どもの幸せ」です。揺らぐことなく進んでいきたいと思います。



【そでにの】

■◆■明徳そでにの保育園 園長 大塚 朋子■◆■

 新年あけましておめでとうございます。
 明徳そでにの保育園は、幕張インターを過ぎ習志野市に入ってすぐの国道14号線より海側の埋立地に位置し、平成24年習志野市の公設民営化(袖ヶ浦第二保育所)から1年3ヶ月の共同保育を経て、平成25年度より社会福祉法人千葉明徳会としての運営がスタートし、今年で9年目を迎えます。その間、平成28年度から新園舎改築を進め、平成29年6月から定員90名から110名に増員、一時保育事業も開始し、現在は平常保育127名の子どもが在籍しています。
 平成30年秋の台風で、この地域は塩害により農作物や樹木が枯れ、建物や車等に塩が付着する被害に遭いました。保育園も新設したばかりの屋上やテラスの柵に塩が付着し腐敗したり、フェンスが壊れ、樹木が枯れかかりました。今年ようやく正門の横にある夏みかんの木にたくさんの実がつき始めました。
 近代化しグローバル化が進んでいる現代ですが、一方で温暖化による台風等の被害は年々激化し、一昨年の千葉県の被害もそうですが世界や日本の至る所で大惨事となっています。そして昨年から新型コロナウイルスの全世界への拡大。地球が悲鳴を上げ温暖化(CO2排出)を制止するための天からの制裁に思えてなりません。経済再生と並行して温暖化を阻止するための対策が急務であると思います。大切な命を預かっている私たちにとって突然の災害はとても恐怖です。こんな時代だからこそ、未来を担う子どもたちには、自らが主体的に考えて行動でき、さまざまな困難をも乗り越えていく能力が必要です。そのためには、乳幼児期の土台となる時期をどう過ごすのかが問われます。今年も園内研修の中で、子ども主体の遊びを展開するために、私たち保育士の人的・物的環境の在り方を具体的に事例をあげながら学んできました。子どもの発想を大切にしつつ子どもたちが主役になるためには、私たちがどう舵を取っていくのかということは、毎年の課題です。子どもたちが毎日を笑顔で生き生きと過ごすためには、私たち大人が保育園での生活を楽しみながら子どもの育ちを共有できる職員集団である事が大切です。今年も「子どもが主体的に遊び主体的に学んでいく」保育が展開できるよう職員と共に努力してまいりたいと思います。そして早く新型コロナウイルスが終息していつもの日常を取り戻し、地域に根差した保育園が円滑に機能できるよう願っています。


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